君の居ない世界

最愛の息子を自死で亡くした母のブログです。

24歳の誕生日

久しぶりのブログ更新です。


4月に沖縄に移住してから、初めてのお正月です。


そして、明日は息子の24歳の誕生日。


24年前のお正月、元気な男の子を授かりました。


お正月で親戚が集まっている中での息子の誕生は、皆から祝福され、喜ばれました。


最後に息子の誕生日を祝ったのは、息子が21歳のとき。
もうすぐ3年が経ちます。


明日で24歳になる息子。
生きてたらどんな青年になっているのだろう…


どこに住んでいて、何をしていて、誰と一緒にいるのかな?


お正月、ずっとずっと家族みんなで誕生日会できると思っていたのに。


もう叶うことのない現実です。


誕生日おめでとうと言って良いのかわからないけれど、私の息子に生まれてきてくれて、本当にありがとうと伝えたい。


そして、本当にごめんなさい。


いちばん辛い断捨離

引越に向けて、休みの日は少しずつ断捨離をしています。 


息子の物も全てを持っていくわけにはいけないので、少しずつ断捨離…


これがまた凄く辛い。


息子の1つ1つの物に、去りし日の思い出がよみがえり、あの時はこんなことがあったなぁ…とか、あんなことをしてたなぁとか…楽しかったことを思い出しては1人微笑んだりして。


だけど、最終的には楽しかった思い出も辛い思い出に変わり、涙が出てくる。


私、なんでこんなことしてるんだろう。


なんで息子の物を処分してるんだろう。


息子は?もう帰ってこないの?服捨てたら帰ってきた時着る服なくなるじゃん!


お年玉で買ったマンガやゲーム、バイト代で買ったお洒落な服…


もう二度と使われることはない。


物質世界ではない彼方の世界では、服もマンガもゲームも必要ないよね?


いつまでも遺したいけど、いつかは処分しなきゃいけない。


今日でも、明日でも、1年後でも10年後にも、処分するときの気持ちは変わることはないと思います。


形見として息子がよく身につけていたものは息子思い出ボックスに入れて持っていきたいと思います。


パンツ(下着)も1枚だけ…


「それいらんくね?」と息子の声が聞こえてきそうだけど…


「お母さんがそっちの世界に行くときに、思い出ボックス持っていってあげる。ちゃんとパンツもいれてるで!」



遺品整理

引っ越しまであと半年あるけれど、少しずつ家の中を整理しようと片付け始めた。


問題は息子の部屋の片付けだ。


息子が居なくなっても息子の部屋はそのままにしている。


ベッドも布団も、テーブルの上も、本棚も着ていた服も、全てが息子が生前使っていたままにしている。


息子が使っていた歯ブラシもお箸も食器も何一つ捨ててはいない。


息子は二度と戻ってくる訳ではないのに、パソコンもゲームもマンガも本も服も、もう必要としていないのに、息子の物を処分出来ずにいる。


息子の物を処分するのは、ある意味、酷だ。


息子の生きていた証をひとつひとつ無くす作業となる。


物質世界のこの世界は、存在の有無は形あるものに限られる。


息子の文字が書かれたノートも、小学生の頃から捨てずにこっそり取っておいた通知表も、息子が愛用していたコートや鞄も、全てが息子の生きていた証しであり、息子の存在を思い返してくれる物である。


いつかは必ず処分しないといけないとは思うけど、何かのきっかけがなければ出来そうにもない。


かといって、私が亡くなったあとは、遺された娘に全部を託すことは出来ないし、したくない。


先日、息子の部屋に入って、息子の物を整理しようとしたら、急に動悸がして涙が溢れてきて何も出来なかった。


その事を娘に伝えると、「ママ、無理して片付けないでいいよ。私が帰ったときに一緒にしよう。」と言ってくれた。


息子の物を処分する…


息子が居ないことを受け入れる。


今更ながら、本当に辛い。